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 君と僕とななつの楽園


97トライアスロン投稿作品

 ざあざあと。
 雨が降る。
 雨が、降る。

 今日は朝から虹が出て、遠くの音がよく聞こえてきた。ああこれは雨が降るなと、ナルトは湿り気を帯びだした空気をすんと吸い込んだ。低く垂れこめた雨雲は夕方に差し掛かる頃にやってきて、里を暗く染めていった。夜よ、来い。太陽の光を好むナルトが珍しく願うまでもなかった。夏至は過ぎたといえどもまだ日は長かったが、今日ばかりはざあと降り出した雨につられて早々と夜に沈んでゆく。
 黒々とした空、家々から漏れ出す窓枠の光、虫のいない街灯が寂しげに白い雨を幾筋も照らす。アパートの陰に隠れるように、塀に寄りかかりナルトは嘆息した。見上げた空は暗い。
 ふう、ともう一度大きく息を吐き出せばこらえていた涙が勢いよく流れ出した。
「あー……情けねぇの」
 冷たい雨が打ち付け、髪から頭から流れおちる頬に、幾筋も温かな水が伝ってゆく。
 この温度も冷えて雨に混ざってしまえばいいと思った。
「せんせー……反則……」
 思い返すだけで緩んだ涙腺からはいくらでも溢れだした。
 カカシが好きだった、好きで好きでたまらなかった。桜色の女性に向ける今は温かな愛とも恋ともしれぬ情とは違う、激しい衝動を伴った恋慕だった。だがかつてのようにあからさまに出来る感情でもなかった。飲み込み抱え込んで、押さえつけるべき思いだった。
 抑圧の起こりは九尾でありナルトの持つ夢でありカカシの立場であったかもしれないが、今やナルト自身の性質にあるとナルトは知っていた。ナルトは情の深い人間だ。それだけでなく執着も強かった。ナルトの世界に取り込まれたものはすべからくナルトが手を伸ばすべき存在だった。広く深く────あんたって博愛主義ね、とサクラに言われた。そうではない、失うことが恐ろしいだけだ。全て、すべて。何一つ失うことが許せない、ただ欲深いだけなのだ。そのすべての中の唯一、考えるだけで恐ろしい。一度表に出してしまえば本性は嬉々として牙をむくだろう。手に入らないなど許せない、僅かも零れ落ちるなど認めない、その存在の何もかもを────狂気ではないか。
 内側で咆哮する狂気を知らぬふりをして過ごしていたナルトを、一言で掻き乱してみせたのはその思い人たるカカシだった。「好きだよ」お前のことが。右目の目元を薄らと赤く染めて、告げられた言葉は死刑宣告のように聞こえた。音が遠ざかり耳鳴りのようにぐわんぐわんと脳の奥で血流がのたうちまわっていた。
 何と答えたのか覚えていない。ただ拒絶して逃げてきたことだけははっきりしている。
 そのままナルトは里を逃げ回り、夜を待った。泣き出したかった、だが涙を知られるなど真っ平御免だった。好きだと言われてごめんなさいと返した、ただそれだけではないか。何を泣く?
 ほんの少し酸味のする雨を舐めとってナルトは泣いた。うっすらと塩の味もした。
 カカシの気配が近づいてくるのを感じ取り、尚、泣いた。吊り上る口の端を知らぬふりをして。
 きっとカカシは笑うだろう。望むところだよ、と微笑うだろう。あの人の内側の虚にもまた、狂気が渦巻いているのだから。
 ああかなしい、ああかなしいと、ナルトは泣いた。


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